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どうしたものか、考える

解離性障害(解離性同一性障害)の私について書いています。治すための記録。

今なら少し入るかもしれない

前記事では、たくさんのコメントありがとうございました。
(お返事できずにごめんなさい。)
無事に生きております。
ブログに訪問しつづけてくださった方、ありがとうございます。

仕事を一週間お休みさせていただきました。
仕事関連のものには手をつけず、ぼんやりと過ごしていました。
このぼんやりと、がなかなか難しいのですが。

私はもうアラサーなのに思春期のこころをがっつりもっているんですよね。
自信がないようでいて、とても自信過剰というか。
中二病という言葉が適切なのかはわかりませんが、そういう類のものを。

実際はそんなに体力も知力もないのに、ほいほい引き受けた仕事に100%で注力して、しんどいとすら感じず淡々とこなしていくのですが、私も周りも気づかないうちに少しずつガタがきています。
でもそのガタすら見ないことにして、私ならやれるはず(ときに私しかやれないはずと言っていいほど傲慢に)とひとりで抱え込みます。
自分を過信、周りを不信しているのです。

これはとても恥ずかしい。
自分を何様だと思っているのか。

私は、自分の限界を知る必要があります。
しんどいのだと認める勇気も、楽になる勇気も、もてるようになりたいのです。
たとえおそるおそるでも、あたたかいものに手を伸ばして、周りの助けを得ながら進む勇気を、もてるようになりたいのです。


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ごめんなさい

動けます。家事もできます。仕事もします。友人とも会います。雑用もすぐ済ませます。病気のわたしはこちらの世界にはみ出しません。できる人と思われます。元気そうだねと言われます。わたしは笑います。それなのに、わたしはずっと死にたいです。過去は突如としてなだれこんできます。記憶の真偽はわたしにはわかりません。もう、たしかめるつもりもありません。たしかなのは、今とても苦しいということ、もう限界ということ、なのにそれを誰にもわかってもらえないということです。わたしは自分さえもだませるのです。はいつくばってでも全然平気な顔をして仕事に行けるのです。いつになったら止まれるのですか。止まってもゆるしてもらえるのですか。止まるのは死ぬときですか。そのときはしあわせですか。


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ゆるやかになってみる

久しぶりの休日、12時間以上眠りました。
気分は割とスッキリしています。

そこでふと、私って慢性的な睡眠不足なのではないかと思いました。
フラッシュバックで起きてしまうのは仕方ないとしても、起床の7時間前には布団に入るようにしたいです。
それがまず今年の目標。

基本自炊は変わらずとも、外食やお惣菜にもっと頼ろうかとも思います。
帰宅してからの自炊も案外負担になっていたのかもしれません。
疲れを感じにくいので、ドカッととくる前に先手を打っておきたいです。

先日、友人に「くじらって嫌いな人いるの?」と聞かれました。
少し考えて「苦手な人はいるかな」と答えましたが、私の苦手はつまり嫌いなんだよという話へ。
たしかにそのとき頭に浮かんでいた人は、苦手というより嫌いです…。
私の苦手イコール全て嫌いというわけではありませんが、嫌いな人は嫌いなままでいいのかと思ったら、なんだか少し吹っ切れた感じがしたのです。
挨拶と報告連絡だけ徹底すれば何も悪いことはなし。

その逆もまたしかりで、好きなものは堂々と好きでいいのかとも思ったのです。
あいみょんとか。
ひっそりと好きでいいやと。

自分の感覚に素直に身をゆだねてみようというのも、今年のまた目標です。


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私はスキゾイドらしい(その2)

断念していたFairbairn(1940)を読みました。
わからないところはすっとばしました。
読み誤っている可能性大です。

スキゾイドの特徴は、①万能的態度、②孤高で距離をとった態度、③内的現実への没頭である。これらは内に秘められていることがあり、表向きの自信のなさに埋もれていたり、他人と円滑に交流している風だったりする。スキゾイドの人は「愛=破壊的なもの」と感じているため、愛することも愛されることもできない。その代わりに憎む。愛することで相手を破壊するよりは憎むことで破壊するほうが理にかなうし、世界は悪意に満ちているように感じられるし、憎むことはまだ得意であるから。心の奥では愛したい愛されたいと願っているのに、憎む憎まれることで他人を遠ざけておかないと不安なのである。

これはなんだかかなしいですね。
でも、私は憎むことも苦手です(意識的には)。
愛することも憎むこともできなければ、どうすればよいのでしょう。

おもしろかったのが、スキゾイドの人は与えるのが苦手(自分の中身を失って枯渇する感覚に陥るため)という文脈のなかで、スキゾイドの妊婦が中身(赤ちゃん)を失いたくなくて難産になったという話。彼女にとって出産は子どもを得ることではなく、失ってからっぽになることを意味していたようです。

以前、妊娠という現象がこわいという記事を書いた気がします。
私の場合はこういう類の恐怖というより、お腹の中に別の人間がいるという事態がとてもこわいのです。
DIDという疾患自体がそれに近いものを感じますが…。

Fairbairn, W. R. D.(1940). Schizoid factors in the personality. In W. R. D.Fairbairn, (1952). Psycho-analytic studies of the personality. Routledge, pp. 3-27.


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たぶんけっこう危ない

年始早々、調子を崩しています。
ここ数日は死ぬことが頭から離れず、なんかもう無理だなあと思うこと度々。

友人からは元気そうだねと言われます。
元気どころか、死ぬか生きるかの淵にいる心持ちなのですが…。
仕事もモードチェンジしてしまうのがまたつらいです。
ぽっきりおれる前に手を打たねば、と思っている今のうちに、本当に。

自分の能力を一切問われずにその場にいることを許されるような空間がほしいです。
ひたすらへたくそな絵を描いたり、ぱっさぱさのパンをこねたり、てきとうにドラムとか叩いてみたり。
味があっていいね、懐かしい感じのパンだね、さまになってる気がする、とか褒めてくれる人がいたら幸せです。


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